2026年9月4日金曜日

生き物調べ

 719日、田んぼとその周辺の生きもの調べをしました。

夏休みに入ったばかりの三連休中日で、猛暑続きのためか、参加者は少なめで 4家族子ども8人と大人5人、それにスタッフ3人、そして講師の森本さんが、8時半に集まりました。

集合場所のファーマーセンターの柱の間に、コガネグモが巣をはっています。

捕まえたバッタを網にかけると、コガネグモがきて、おしりからたくさんの糸を吐き出してくるんでしまうのを観察することができました。

それから、各自、虫網と入れも野を持って陸上の生きもの採集をしました。

なかなか捕まえられない子には、草むらの上の方を網でなでるようにする方法を教えてあげました。

バッタなどが、ねらっていないのに入ってきます。

バッタは大小何種類もいます、まだ羽の生えていない子バッタがほとんどです。

チョウ、トンボ(チョウトンボ、イトトンボの仲間など)、カマキリやカミキリムシの仲間などもみつかりました。

ツバメが飛び交い、空を見上げるとトンビがまっていました。


後半は網を水用の網にかえて、田んぼの周りの水路の中などの生きものを探しました。

アメンボがあちこちにみえます。

水の上にクモもいます。

1年生のNさんは、細くて浅い水路に陸に上がったばかりのヌマガエルがたくさんいるのを見つけ、ひとすくいで何匹もゲットしました。

水路の泥ごと救った子たちは、ヒメタニシやドブシジミなどの貝、ゲンゴロウの仲間、ヤゴなども見つけました。

先月にたくさんいた大人のカエルは少なくなっていました。

産卵期が一段落したのでしょうか。


10時頃から、図鑑なども見ながら、自分でみつけたものを記録し、気に入った生き物の絵をかきました。

森本さんの指導でまとめの学習。

草を食べるバッタの子が無数にいること、さらにそれを食べるクモやカマキリ、カエルなどがいること、それらを食べる鳥や動物、という生き物の関連、田んぼのまわりの環境の豊さを体感できたでしょうか。

最後に、一番今回採集したうちの、お気に入りの生き物を発表しあいました。

カエルとカマキリが人気でした。

Yさんの日誌:「虫をつかまえるのがたいへんだった」「小さいバッタがいるところにかえるがたくさんいた」とかかれていました。














2026年7月24日金曜日

6月の田んぼの学校

6月に入って雨がたくさん降ったので、水不足は解消。

苗代のまんげつもちの苗はとてもよく育ったまま残っているし、5月に植えられなかった田んぼ1枚に6月14日に子ども1人、大人4人で追加の田植えをしました。 


次々と草が生えてくるので6月は草取りです。

雨天で延期した日もあり、参加できない家族もありましたが、6月6日、13日、21日、28日に実施しました。

参加者は11家族、子ども13人、大人13人が参加しました。

2台の除草機(田車)を子どもたちが上手に使ってくれたので、どの日も1時間ちょっとくらいの時間で、草取りを終えることができました。

6月28日には、どろんこ大好きの2人の子が四つん這いで田んぼの中を這いまわって除草してくれて大助かりでした。

1週間たつともう雑草いっぱい。除草剤普及前の稲作りのたいへんさが実感しました。


毎回、作業後には、雑草と生き物の観察学習をしました。

ぬいてもぬいてもどんどん生える植物がコナギです。

水田の中以外には生えていません。

最初は細ながい葉っぱが次第にハート型になり、一面にはびこります。

畔にも田んぼの中にも、根っこを出しながらどんどん伸びていくのがイボ草とミゾソバ。

稲に似て大きく育って困るのがヒエ。

ヒエを稲と見分ける特徴を毎回学びました。

動物では、5月にはたくさんいたカエルが減り、おたまじゃくしが見られるようになりました。

コオイムシは5月より減りました。

大雨のあとの6月28日には水カマキリが初登場しました。

7月からはしばらく田んぼの中には入らず稲の成長を外から見守ります 。






2026年7月1日水曜日

さなぶり

地元伝統の、田植え終了のお祝い行事です。

5月31日に11家族とスタッフ、子ども19人、大人22人、合計41人が参加しました。

さなぶり係の5家族の親子が9時半に集まり、垂れ幕作りと昼食の料理をしました。

垂れ幕は子どもたちが分担して4枚の障子紙に墨汁で言葉をかき、絵も加えました。

料理は、田んぼの学校で秋に収穫した赤米「紅染め餅」の玄米入りのすし飯に具材を乗せる簡単ちらし寿司と豚汁です。

卵を割ったり、鍋で炒り卵を作ったり、蒸し鶏や、海苔をビニル袋に入れて外から揉んで細かくするなど、子どもたちが活躍しました。


11時ごろ係の子たちは、田んぼの縁に設置した垂れ幕の前でリハーサルをしました。

初めて参加した緊張気味の子には、年上の子が助けを出してくれて、皆が大きな声で言えるようになりました。


昼前に全員集合したところで、田んぼの縁で「さなぶり式」をしました。

地元の伝統に従い、36本のイネの苗を載せた箕を子どもたちが捧げ、田んぼにお供えします。

そしてさなぶりの言葉を係の子たちが述べ、垂れ幕に書いた言葉を係の子たちのリードで全員で唱えて「式」は終了。


木陰の食事場所に移動して、昼食会をしました。みんな食欲旺盛。

およそ食べたところで、デザートのスイカです。子どもたちは、どれが大きそうか、しっかり選んでいました。

食べ終わった子は、シーソーや丸太歩きなど、遊びも始めましたが、おかわりする人たちもいて、用意した食べ物全部食べ切ったところでご馳走様。

係の人たちは井戸で鍋を洗ったふいたり、最後まで片付けして解散しました。

今年から参加した家族も親しくなれるよい機会になったと思います。





2026年6月19日金曜日

芋の苗の植え付け

 5月24日の夕方、田植えを終えた5家族子ども12人大人10人スタッフ1人がつるぐみ農園に集合して、狩野さんの指導のもと、狩野さんが準備万端、整えてくださった黒マルチをした畑にさつまいも(べにはるか)の苗を植えました。

準備段階では雨不足で土が固くたいへんだったそうですが、幸い前日に雨が降り多少土が柔らかくなっていました。

棒を斜めにさして、その穴に芋の茎を差し込んで押さえます。どの家族も親子で協力してどんどん植えていきました。秋の収穫とおいしい焼き芋が楽しみです。







2026年6月5日金曜日

田植え

5月23・24日に、のべ14家族 子ども25人 大人25人、スタッフ4人が参加しました。

自分の名札を付けた持ち帰り用のイネを道の近くに植えたあと、田んぼの縁近くに印をつけた綱2本を平行に張り、その綱に直角になるように、印をつけた綱を2人の大人が移動しながら、印のところに苗を植える方法です。

 今回は、観察路から遠い1枚の田んぼの田植えは水不足のためにあきらめ、井戸に近い田に苗代で立派に育ったマンゲツモチの苗を植え、その隣の田んぼは水がまだ不足気味だったので、手前の方だけに紅染め餅の苗を植えました。
あとで、スタッフが、苗床を作って育てたわら細工用のイネも小さな田の奥に植えました。









2026年6月2日火曜日

しろかき

2回参加した人も合わせて、のべ16家族、子ども30人、大人26人、スタッフ10人が参加しました。

4月に農家に小型耕運機で耕していただいた子ども田んぼに水をいれ、土の塊や稲の株の残り、草などを踏み込んで平らにします。

それから肥料にする米糠をまきながら、踏み込んでさらにレーキなども使って平らにする作業です。

子どもたちは泥のケーキを作ったり、4日には泥の中を走る競争もしました。

毎回、生き物探しを楽しみ、卵塊を後ろに抱えたコモリグモ、たくさんのヌマガエル、アマガエル、ウシガエルの子、シュレーゲルアオガエルの卵塊、ヒメゲンゴロウ、コオイムシ、ケラなどを見つけました。

これまで見たことのなかった、トガリアシナガグモ、ナガヒョウタンゴミムシ?も見つかりました。

プラケースに入ったカエルたちは、日誌をかくときに皆でよく観察しました。ヌマガエルがなぜ、アマガエルやシュレーゲルアオガエルのように、ケースのへりをよじのぼれないのか、足の指で理解できました。


昨秋から春までの雨不足で大池の水位が回復せず、5月2日以後ほぼ雨が降らず、スタッフの大浦さんが、井戸の手押しポンプをこいだり、水路をせき止めてポンプアップして水の確保に努めましたが、しろかきの実施を予定していた5月16日までに3枚の田んぼ全部のしろかきは完成できませんでした。


 

  

 







2026年5月15日金曜日

たねまき

4月19日に集まって、まず、植物の種について学習をしました。

種は生きている、動物の卵みたいなもの、温度も必要なこと、よい種は重いことなど。

それから、自然農田んぼ塾の逢坂さんが用意してくださった苗代に移動し、逢坂さんの指導のもと、順番に、家族ごとに割り当てられた場所に稲籾をまきました。

さいごに、板で種を抑え、ネットをかけました。

待ち時間に子どもたちは、スズメの鉄砲で草笛をふいたり、泥をこねて山を作ったり、おだんごを作ったりして遊びました。

今回は泥の中に転ぶ子も泣く子もなく、みな元気に種まきにとりくむことができました。

井戸で足を洗ってから再度机の回りに座って、よい種もみをより分けるために生卵を使って塩水の濃度を調整することなどの学習をしました。

自宅で発芽させるための種もみと発芽の状態を観察する課題が渡され、最後に日誌を書きました。


白いウワミズザクラの花が美しく、タンポポやからし菜も花盛り、モンシロチョウやイトトンボが飛びかい春を満喫できる種まき日和でした。

11家族、子ども17人、保護者15人、スタッフ4名の参加でした。






2026年5月13日水曜日

2026年度開校式

あちこちの桜満開の4月4日、田んぼの学校の開校式を行いました。

小雨模様の中、天気予報も安定しませんでした。

受付場所のファーマーセンター前に皆が集まってみると、なんとかそのまま屋根の下でできそう、ということで、多少窮屈でしたが、雨音を聞きながらの開校式となりました。


今年度は16家族が参加を申し込み、そのうち11家族子ども22人、大人8人、スタッフ6人(高校生1人含む)総勢46人の参加です。

理事長の森本さんが、この里山全体について、校長の嶺田さんが田んぼを作る意味について語り、そのあと、継続する子たちから発言してもらいながら、事務方の阿部が、活動内容や、危険防止の注意などを説明しました。 


参加家族ごと自己紹介をしました。小学2年生のIさんは、特技のあやとりを披露してくれました。虫など、生きもの好きの子どもたちが多い様子ですが、期待に応えたのか、ヤモリ君がその場に登場してくれました。


最後に、嶺田さんから、今、日本では農家がどのくらいの数なのか、何粒の稲の種からご飯一杯分のお米がとれるか?という質問が出されました。

この数十年の間に農家の数が激減したこと、ご飯一杯分のお米は稲籾5,6粒分から実ってできる、というすぐれた作物であることが分かりました。


雨が激しく降り、空模様が不安定で気温も低めだったので、現地見学は次回に回して子ども田んぼの場所だけ見て解散しました。









2026年1月21日水曜日

正月行事と修了式

 1月12日、田んぼの学校では、正月行事と修了式を行いました。

10日と11日に係の親子が集まって、食材、道具の準備、垂れ幕作りなどの準備をし、お米などを各自持ち帰りました。

当日は、水につけた米などを持って集合し、7時半すぎから作業を開始しました。

2日前から強風が吹き、当日も風速4~5mとの予報のため、焚火は中止し、竃の中だけで慎重に火を扱うことにしました。


宍塚では、正月の伝統行事がたくさんありますが、その中で、正月飾りをもやす「とりほい」、自分の使う田んぼに新年の挨拶をする「一鍬」、紅白の餅をついてナラの枝につけ、五穀豊穣を願う「ならせもち」の3つに取り組みました。

10時前、参加者がほぼ揃ったところで 子ども田んぼの前に集合し、「一鍬」をしました。

「今年もよろしく」と田んぼにお願いする行事なので、子どもたちはそれぞれの今年の願いを書いた短冊を田んぼの前に下げました。

勉強をがんばりたい、などの他、栗がたくさん実るように、など楽しい願い事が書かれていました。

係の子たちが田んぼへの挨拶の言葉を述べたあと、2人の子が鍬で土を耕す動作をし、御散供(おさご)=米を田んぼに撒きました。そのあと、餅つき歌の手遊びをしました。


焚火の代わりにドラム缶の竃で正月飾りを燃やして「とりほい」の代わりとしました。

薪を燃やして、お湯を沸かし、秋に収穫して保存しておいた薩摩芋を、一部は茹で、一部は焼き芋にして、午前中の皆のおやつにしました。


餅は、臼で4回(14kg分)搗きました。

ならせ餅用の赤い餅と白い餅は餅つき機で各1回搗いて丸めました。使ったお米は全て田んぼの学校で育てたマンゲツモチ(白い餅米)とベニゾメモチ(赤い餅米)です。

餅米が蒸しあがると、2本の杵をで力を入れて押すようにして米粒をつぶす作業をします。

この過程が餅つきの要。

粒がつぶれてきたら、まず大人と力持ちの子が、重い杵で餅を搗きました。

餅の真ん中にうまく杵を落とすとペッタンといい音がします。

およそ搗けたところで、子どもたちが、軽い杵で順番に搗き、最後に幼児がとても小さな杵で搗きました。

出来上がった餅は係の方たちが、大きなボールにうけてどんどん丸め、餡、きなこ、おかかと海苔、ごま 大根おろしの容器に入れていきました。

手際よく皆さんで働いたおかげで、12時ごろには、雑煮も出来て、昼食会を始めることができました。

この地域の伝統的雑煮は、ネギと鶏肉の具で鰹節、醤油味です。


餅をおなか一杯食べ、雑煮も食べきったところで昼食会を終え、エノキの前の広場に全員が集まって修了式をしました。

係の子たちのリードによる言葉のあと、嶺田校長、森本理事長からの挨拶がありました。

そして、用意したナラの枝に餅をつける「ならせ餅」をして、皆で再度集まり集合写真を撮りました。

春から頑張った賞として、実ったお米と今日余ったお餅も配られました。


係の人、残れる方たちが、煤だらけになった釜や鍋を洗ったり、ごみの分別をしたりして、2時すぎにはすっかり片付けることが出来ました。

風が心配でしたが、さほど吹かず、今年度最後の行事を無事に終えることができました。

皆さま、ご協力ありがとうございました。

当日の参加者は、21家族、子ども34人、大人28人、スタッフ4人合計66人でした。







2025年12月25日木曜日

藁細工教室

12月13日(土)午後、宍塚公民館をお借りして藁細工教室を行いました。

12時半からと2時半からとの2回に分け、合計14家族 子ども19人、大人23人、スタッフ3人と今回の講師の江原さんと、金谷さん。

材料は江原さんが苗を作り、田んぼの学校の一番北の部分に田植えして栽培し、8月、穂がまだあまり出ないうちに江原さんとお孫さんが刈り取って、陰干しした、しめ縄用の長くてきれいな藁です。


しめ縄作りは家族で協力して行いました。

最初に、藁15本ずつの束を3つ作り、水をつけながら、軽く台の上で竹などで軽くたたいてしなやかにします。

水を切ったら、室内に移動し、すわりこんで次の作業です。

2つの束の根本を縛り、それぞれを同じ方向に撚って、合わせていきます。

それから残った1束をまた同じ方向に撚りながら、先ほど合わせた縄の間に挟むようによりあわせていくと太目の縄となり、「ごぼうまき」と呼ばれるこの地の伝統的な正月のしめ縄になるのです。

藁束が縒りを戻そうとする力を利用して、太い縄にしていくその技は、縄文時代以来のものですが、理にかなっていて感心します。

いくつも作った家族もありました。

また、細い縄を綯うことにも挑戦して、できるようになった人もいました。

子どもたちは、乾いた藁の茎の部分をモールなどで縛って星を作ったり、蛇の形を作るなどの工作もしました。


数十年前まで、藁は暮らしに欠かせないものでした。

藁が、どんなことに使われてきたのかの学習もしました。

家の畳、土壁、藁草履、藁縄、藁半紙、藁灰、などなど。

講師の金谷さんは自分で作った藁草履を履いて、小学校に通ったそうです。

イネが、食料としてだけでなく、暮らしを支えてきたことを知り、ずっと伝えられてきた手を使う技のすばらしさを多くの若い世代が体験できる機会がもっとあるとよいと思います。













2025年12月24日水曜日

かかし送り

 田んぼの学校では、8月に親子でかかしを作って子ども田んぼの回りにずらっと立てました。

12月7日、田んぼに残ったかかしに感謝し、燃やして天に送る行事を行いました。


10時、氷を手にした子がやってきました。

その氷を溶かしながら雑巾で机を拭いていると、係の親子が次々と担当した食材を持って集まってきました。

食材をホイルで包むなどの準備をしてから、垂れ幕を作りました。

「きょうはかかしさんを」「てんにおくります」「かかしさんありがとう」「かかしさんさようなら」の4枚。

分担して障子紙に墨汁で字を書き、まわりに色とりどりの絵をたくさんかきました。

裏に段ボールをはって、紐をつけ、長い竹に下げました。

子どもたちがはしごでエノキの木にのぼり、その竹を設置しました。田んぼからかかしを運んできて、エノキのそばに並べました。

焚火をする場所を円形に掘り下げ、その土で土手を作った、土俵のような場所で焚火を始めました。


午後1時には皆が集まりました。エノキの木の下の広場が「儀式」の会場です。

係の子どもたちのリードで、皆でかかしを送る言葉を述べ、「かかし」の歌を歌い、「アブラハムには七人の子」を歌いながら踊りました。

この踊りは20年近く前、とても寒い日にかかし送りをしたとき、踊って体を温めて以来、踊りつづけてきたものです。

それから、各自、作ったかかしを解体しました。

燃やさない部分、安全ピンなどを外し、頭の中に入れた新聞紙など、燃える部分を焚火にくべました。

かかしの解体では楽しいことがありました。

大きくてぴかぴかのカメノコテントウ2匹、ナミテントウ何匹かとカマキリの卵がかかしについていたのです。

ナメクジがいたという報告もありました。

生き物たちが少しでも暖かい所を探してかかしに行きついていたのでしょう。

虫たちには気の毒でしたが、安全な場所に移ってもらいました。


かかしがいなくなったところで、焚火に食材ごとにまとめて入れて焼きました。

食べごろになるまでの間、子どもたちは鬼ごっこなどをして元気に遊びました。

大人たちは、熱さや煙に耐えながら、食材をチェックして、食べごろのものを焚火から取り出していきました。

ホイルで包んでいるので、火バサミで挟んだり、軍手を嵌めて触ってみないと、焼け具合はわかりません。

2時すぎ、だんだんに、食べられる食材がふえはじめたので、焚火の回りに集合して、おやつタイムの始まりです。

今回の「メニュー」焼きミカン、焼きリンゴ、焼き里芋、焼きサツマイモ、焼き大根。

今回は、黒焦げで食べられないものがほとんどありませんでした。

里芋と大根は味噌をつけて食べました。

サツマイモはつるぐみ農園に植えて、10月に芋ほりして貯蔵しておいたもの。

大根は今回も参加してくださったKさんの祖父母の畑産で、甘く美味しく焼けました。

だんだん火がおさまり、近づけるようになったので、篠竹の串にさしたソーセージの出番です。子どもたちは何度かお代わりしていました。

その篠竹串にマシュマロをさし、焼けてとろっとしたところをクラッカーにはさんで、チョコも一緒にはさんで食べるという、贅沢なデザートが締めでした。


ほぼ用意した食材を食べ終わり、4時頃にかかし送りを終了しました。

焚火の楽しさと焼いた食材のおいしさを堪能できた初冬の一日でした。かかしのいなくなった田んぼは、冬を迎えます。

参加者は21家族とスタッフで、大人38人子ども34人合計72人でした。










2025年12月17日水曜日

収穫祭

11月23日(日)、朝霧雨がふっていましたがすぐにやみ、風もなく寒くもなく、収穫祭日和となりました。


収穫祭は、里山の実りを祝い、食べ、里山素材で工作や遊びをし、踊り、そして、ふだんは別々に活動している人たちが集まり、地元の方々とも交流する集いです。

おもな会場は大池堤防付近です。田んぼの学校生も準備と、当日のスタッフで活躍しました


今回の「食」で作ったのは、伝統のお祝い料理、赤飯、ぬっぺ汁、それに、田んぼの学校生がつるぐみ農園で苗植えと収穫をしたサツマイモの焼き芋です。

ぬっぺ汁の食材の準備、焼き芋の準備など、田んぼの学校生が活躍しました。

当日は子どもたちが、かわいい「焼き芋屋さん」になって、工作で手を離せない人たちに配達してくれていました。


里山工作も大賑わい。

孟宗竹で食器づくり、藁を土台として赤い実や緑の葉などを飾ったリース作り、ドングリなどの工作、しめ縄用の藁での藁ない、藁細工、など、担当の方々の指導で、参加者は素敵な作品を作っていましたが、ここでも田んぼの学校の皆さんがスタッフとして活躍しました。


堤防下の遊びのコーナーでは地元伝統の遊び「ゲンコ」(Y字形の枝の先をとがらせたものを、地面につきさして遊びます)と、学生さんたち作成の「モルック」(2組が点数をつけた木の棒を、木の棒で倒して争う)というゲームなどを学生さんと子どもたちが楽しみました。


昼すぎには、法政大学の環境系サークル「キャンパス・エコロジー・フォーラム(キャンエコ)」の学生が参加者を集めて、創作した歌と踊りをしました。

何度か練習し、子どもから高齢者まで、一緒に楽しむことができました。


参加者は、田んぼの学校から親子大人30人子ども33人。

地元の方がた、毎月保全活動などに通ってくるキャンエコの学生さんたち、NPO法人宍塚の自然と歴史の会の「田んぼさわやか隊」の方々、古くからの会員さんたちもあわせ、幼児から90代の方まで、老若男女149人でした。










2025年11月27日木曜日

脱穀と選別

 10月に稲刈りをし、オダに干していたものを取り込んで、脱穀、選別する作業を11月2日の午前と午後、3日の午後、15日午前の4回に分けて行いました。

予定の9日だけは雨だったので15日に延期しましたが、無事終了することができました。

参加者は20家族、子ども32人、大人29人、スタッフ2名でした。


田んぼの学校では、足踏み脱穀機と手作業で脱穀し、ふるいと唐箕(とうみ)で選別をしています。

足踏み脱穀機はペダルを踏み続けてVの反対向きの金具がついたドラムを回転させ、そこに、稲束の穂を当てると籾が外れていくしくみです。

手が巻き込まれないように注意する必要があります。

大人と子どもが組み、おもに大人がぺダルを踏み続けて、子どもが、穂の束を持って回転させましたが、ペダルを踏み続けた子どももいました。

今回、子どもたちは、落ち着いて取り組み、安全に作業をすすめることができました。


脱穀しきれなかった穂は手で籾(もみ)を外します。

ふるいでおよそ藁屑(わらくず)をのぞいてから、唐箕(とうみ)にかけます。

子どもたちが、籾(もみ)を上から入れる役目、ハンドルを回して中に風をおこす役目、周りに飛び散る籾(もみ)やごみを掃除する役目を交代しながらすすめていきました。


種まきから始まるイネ作りの作業の中で、毎年子どもたちに、一番人気なのがこの、脱穀選別作業です。

他では使うことのない道具を使えるようになり、やりがいがある作業なのだと思います。

今年の子どもたちも積極的にとりくみました。


選別まで済んだ段階で気づくのは、昨年から目立つ、中身のない籾(もみ)の多さです。

暑さが続いたため、10月の稲刈りの頃まで新たな穂が出て花がさき、稲束の暈は大きくても、まだ実っていない穂が混ざったのです。

籾(もみ)摺り精米後の米の量が子ども田んぼを始めた2012年ごろと比べてだいぶ少なくなったと思います。

今後、品種の変更など考えなくてはならないかもしれません。


オダで干し終えた稲束

足踏み脱穀機で脱穀

ふるいで藁屑(わらくず)をのぞきます


唐箕(とうみ)で選別作業

11月15日 田んぼの稲はすっかりなくなり脱穀は完了しました。